
HSPって本当に生きにくいですよね。辛い思いをしている人もたくさんいると思います。実際私もその1人でした。
以前も書きましたが、周りの目ばかりを気にして、心を許せる友達もおらず、苦しい毎日でした。特に大学の時は半分大人になっていたので(年齢的にですよ)、どうやったら友達に気に入ってもらえるかばかりを考え、ずっと周囲の心を読んでいました。
「これ聞かれたけど、何て言ったら正解かな・・・」
「◯◯ちゃんはこう思っていそうだから、こう答えておこう。」
友達からの誕生日メッセージにはいつも「周りの小さい変化にすぐ気づいてくれるね。」と書かれていましたが、当の本人(私)は大変です。そして、そんな頑張りも虚しく実際ぼっちでした。(いつも一緒にいるグループには入っていたけど、小グループに分けると1人でした。2人、2人、2人、3人、1人みたいな笑。何でそこ3人なのー?)
就職してもストレスの多い人間関係
就職してもそれは変わらず、人間関係はすごくストレスでした。(嫌われないようにどうしたらいいか考える日々)そこだけが原因ではないですが、元の職場は結局辞めました。転職をし好きな仕事を始めましたが、新しい職場も周りの環境が辛くて苦しい毎日が続きました。
ただ、あることをきっかけに職場の人間関係が改善されたんです。嫌な人、苦手だった人は、周りからいなくなりました。(本当にいなくなった人もいるし、その人自身が変わった人もいます。)
今日はその体験を話したいと思います。結論から言いますと、「〜べき」「〜なければならない」を手放したことがきっかけです。カウンセリングなども受けたことがありますが、個人的な経験談です。参考になるかわかりませんが、もしよかったら最後まで読んでください。
日によって機嫌が変わる先輩
職場で一番辛かったのは、先輩の機嫌が日によって全然違ったことです。何があったのかわかりませんが、舌打ちをしたり「は〜」とため息を付いている日が多々ありました。その度に、「私のせいかも?」と隣でビクビクしていました。直接話す時は、心臓バクバク、声は上ずり、怯えながら話していました。
「何て話しかけるべきか。」
「ここまでしか仕事が終わらなかったけど、どう報告したらいいか。」
特に職場に入ったばかりで仕事も遅く(その先輩を気にして仕事をすると更に遅くなる悪循環)、謝らなければならないことも多かったです。
また私のこと怒ってるのかな?という不安と、
嫌われてるのかな?という恐怖で、
先輩の顔色をうかがい毎日疲弊していました。
またその先輩は他の人にも自分の感情を表して、言い合いになったりもしていました。
「この人は何でそんな自分の機嫌を表に出せるんだろう。」
「社会にいるんだから自分の感情くらいコントロールするべきだ。負の感情はしまっておいてほしい。」
とずっと思っていました。それが常識であり、社会のルールだろう!と信じて疑っていませんでした。
「気にしなくていい」はできない
HSP関連の本に、誰かの機嫌が悪いと思っても放っておけばいいと書いてある本があると思います。たぶん普通の大部分の人がそうしていると思うのですが、私にはそれができませんでした。他人の機嫌がどうしても気になってしまって、私のせいじゃない!と思うようにしてもそう思ってしまって、気にしないようにしようと思えば思うほど気になってしまうタイプでした。
「〜べき」を手放す
じゃあ、その中でどうしたのか?
私がとった方法は「〜べき」を手放したことです。そもそも私は「先輩が自分の感情を表に出している=先輩は悪い存在」と判断していました。だってそれは一般の社会のルールだから(と私は思っていた)、それに反している先輩は「悪」の存在であり、それを受けている自分はかわいそうな立場の人と認識していたのです。(自分の意識の中で)自分の意識の中でそれが続くと、現実もその通りになっていきます。
でも、それは社会のルールではなくて私のルールだったんです。
別に感情を出してもいいし、
不機嫌な日があってもいい
誰しもそんな日がある
もちろん機嫌がいいほうがいいけれど、不機嫌になってしまうこともしょうがない。(きっと普通の人はそう思っているんですよね?←普通の人じゃないから確認したい)
それに気がついた時に、やっと先輩を「悪」と見なす心を手放すことができました。それから先輩の態度がだんだん気にならなくなり、機嫌が悪いんだな〜という事実だけ(だめ!悪い!ではなく)を受け取れるようになりました。それに伴い先輩の態度も変化していったのです。(機嫌が悪い日が少ない→ほとんど見なくなる)結果、今までのアップダウンの激しい先輩ではなくなりました。
「心を読める」は嘘だった
HSPさんは相手の感情を読むのが得意だと思います。私もそう思っていました。(人の心が読めまっす!)でも、本当のところはわからないんですよね。それにやっと気が付きました。
先輩の機嫌が悪いのは私のせいだと悩んでも、本当に私のせいかなんてわかりません。(聞けばはっきりしますが、そんな勇気はありません笑)
不確かなこと(先輩の機嫌が悪い原因)を自分のせいにするのはばかばかしいです。また、「機嫌が悪い」を処理するのは先輩の仕事(先輩の領域)であり、私が先輩の機嫌をどうすることもできません。先輩の機嫌が全部自分に向けれたものだと思うことをやめました。
自分にとって何か意味がある存在
心理的には、そういう自分が気になる存在は自分にとって意味がある存在(何かを学ぶために必要)であることが多いそうです。この件で言うと、人とどうやってコミュニケーションをとっていいかわからない私にとって、それを克服するために必要な存在だったのだと思います。
そしてそれを自分がクリアしたら(何かを学んだら)自然にいなくなっていくらしいです。実際にその先輩は異動になり、数年度退職しました。もう会うこともありません。(仕事ができる先輩だったのでもっといろいろ教えてほしかったと心から思っています)
職場には私の好きな人が集まってきた
もちろんその先輩だけではなく苦手な人は他にもいましたが、だんだんといなくなっていきました。相手の方が丸くなったり、職場を良い雰囲気にまとめてくれるような人が異動してきたりして、現在職場には私が好きな穏やかな人が集まっています笑。
「〜べき」を手放して自分の固定概念を壊そう
「〜べき」があると事実を「良い・悪い」で判断するようになってしまいます。そしてそれをしている人をも「良い人・悪い人」で判断し出します。自分が悪い人と認定した人は、自分にとって不都合なことを永遠にします。(自分の意識がそうなっているから)
でも「〜べき」は自分のルールや常識であることがほとんどです。もちろん殺人などは絶対にしてはいけないことですが、例えば老老介護で妻を殺してしまったなどの場合も、「それでも殺人はするべきではない!」という人と「それは許されるべきだ」と考える人と意見が別れるところだと思います。
この世の中で「〜べき」という絶対的なものは本当に限られていて、自分の持っている「〜べき」を見直して手放すことでちょっと余裕を持って社会で生きられる気がします。もし悩んでいる方がいたら、やってみてください。皆さんの世界が変わったら嬉しいです。
注)もちろんパワハラ、いじめ、上司からの圧力など異常事態の場合もありますので、その場合はもちろん先に逃げてください!何より自分を大切にしてください。